Pick Up
Sal Vanilla 『+813』『.JP』



+813
[人ノ像][MINIMALMAN]


9月7日(水) 開演 19:00
9月8日(木) 開演 19:00
9月10日(土) 開演 19:00
9月11日(日) 開演 17:00
会場/BankART Studio NYKホール


.JP(ドット ジェイピー)
9月9日(金) 開演 17:30
会場/BankART Studio NYKホール

SAL VANILLA(サルヴァニラ) 
主宰/演出家 蹄ギガ インタビュー
2005年9月7日(水)〜9月11日(日)に約2年ぶりの新作となる『+813』を発表する。クラブイベントのオーガナイズとしても高い評価を得たSAL VANILLA。本公演の合間に、1日だけのスペシャル・サウンドイベント『.JP』も開催される。

誰もが持つ舞踏のイメージを覆し、舞踏を現代的なパフォーマンスに変えたSAL VANILLAの主宰・蹄ギガにインタビューした。
 
 

inter/action at 六本木ヒルズアリーナ
今回の「+813」って日本の国番号ですよね?どういうイメージなんでしょう?
世界的に評価される、日本オリジナルな表現感覚、特に、空間デザイン、身体感、音感など独特の空間認識の部分を再考する意味でフォーカスし、アーティストと一緒にライブパフォーマンス作品つくってみようという試みです。





六本木ヒルズアリーナで初演された「inter/action」は、開放感のあるライブ性の高いパフォーマンスでした。
今回は、もともと倉庫だった場所ですよね?どういう演出を狙ったのですか?
inter/actionの場合は、場所が六本木ヒルズアリーナ。都市のど真ん中にある広場みたいな場所だったので、あえて、「電子音の森」のようなコンセプトでオーガナイズしたlaptop orchestraにしても、どこからでも見れるようにH型(俯瞰で)デザインされたステージにしても、抜けた開放感と、空間の中心に対しての集中を狙いました。

今回は、逆に旧倉庫の閉鎖的な空間。しかも、センターラインに柱がごっつくそびえたっている独特なリノベーションスペース。まずは、企画段階でRE[ ]の河内くんと話して、なるべく、この何も無い空間のパースペクティブを何も無いということで生かそうと。
そこで考案されたのが、2台のプロジェクターによるインスタレーション。
あらかじめプロジェクター吊り位置から撮影しておいた会場の絵を、パースを保ったまま、エフェクトした素材をつくり、再度、全く同じパースで会場五面に投影するシステム。いわゆる、空間を時間によって編集していく。これにより空間全体が基本的な規模と構造を変えずに、多様な表情に変化していきます。
この生き物のような空間において、身体と音も有機的に連鎖しあい、非常に一体的な時間がうまれます。2作品「人ノ像」「MINIMALMAN」ともに、人と人の間、動きと動きの間、空間の”間”、音と音の間、など、いかに”間”を生かすかということにこだわっています。

Vanilla Sports Vol.2


Vanilla Sports Vol.1
クラブイベント「ヴァニラ・スポーツ」のオーガナイズをはじめたきっかけは?
割と、SAL VANILLAは連続シリーズものが好き(笑)で、過去にも、94-5年の「VANILLAN NIGHT」99-00年の「sal/on」などアーティストコラボレーションのイベントをやってきていて、今回の「VANILLA SPORTS」にしても、そうした発展的に開催することで、表現方法を見つけていったり、場を形成していくプログラムの流れになります。

ただ、今回の企画に関しては、ライブアートの原点回帰したかったことかも。
人前に立って、カラダでも音でも、何かモノ使っても本来は、パフォーマンスなわけで、それ見て、ワイワイやってるお客さんの有り様も、より気軽な形式にしたかったことから。
それと、最近、音楽でも、映像でも、メディアアートの分野でも、とにかく"パフォーマンス"と呼んじゃえる表現が増えてきているから、それらを一同に介して用意ドン!みたいなあり方ですよね、VANILLA SPORTSは。
全体の3-4時間を5-6個のコンテンツをもって、ひとつの流れで演出していて、それぞれのライブパフォーマンスはなるべく完成度高いショーイングを見せてほしいというあり方。
とにかく、この時間感覚は楽しいですよ、大変だけど。

蹄ギガ氏
.JP」はどういうイベントになりそう?
サウンドアーティストとマルチメディアアーティストを主体に、音像と映像に包まれる、新しい空間構築をアプローチしてみます。
ここBAnkARTは残響が5.5秒と、ちょっとした洞窟レベルで、音の人にとっては、かなりやりにくい場所なのですが、それを逆手にとって、効果的に、その「響き」を積極的に表現にしていくことが可能なアーティストばかりをオーガナイズしています。
それぞれ、「響き」「振動」「体感」「最大と最小」「聞かせない」など、面白そうなアプローチを考案しているようで今から僕も楽しみです。

面子的には、70年代から日本のロック・ジャズシーンを牽引し、今や押しも押されぬROVO主宰の勝井祐二さんをはじめ、IAMAS出身で東京藝大で講師を努める真鍋大度くんと同じくIAMAS出身の堀井哲史くんのユニットによるms.pinkyを媒介にしたターンテーブルとアブストラクトな映像によるパフォーマンス、SAL VANILLAの音も担当し、テクノレーベルWCも主宰するsalmonくんのとVokoiくんの映像の完全同期による体感度の高いライブ、insector laboのbroken hazeさんとschematic kiyoさんによる6.1chを効果的に生かしたノイズアンビエンス空間など絶対見逃せない内容になっています!!

蹄ギガ
舞踏、というと日本では何か特定のイメージがあるように思えるのですが、サルバニラの舞踏は、どこかスポーティーに見えます。
どういう方法論を持っているのでしょう?
僕自身、大駱駝艦に在籍しお世話になったので、麿さんの身体方法論や立ち方には、強烈なインパクトを感じ、影響されたのは確かだと思います。

ただ、SAL VANILLAを設立するにあたって、あまり舞踏を意識しなかったっていうか。日本の伝統的な文化よりも、今ここにあるリアリティを優先したのかもしれません。
初演から、舞台は白、衣装も白、映像が使われ、ライブの電子音楽、現代的な質感の美術。踊るより立つ。止まる。回る。走る、緊張と脱力などの基本動作。

群舞というよりもフォーメーション。身体の動きはとにかく街から拾ってくる。スポーティにみえるのは、舞踏だけでなくダンス、演劇など他のパフォーミングアートを意識するよりも、音楽など他のライブアートから影響受けてきた結果かもしれません。


作品を作るときに、何か進行のトリガーになってますか?音からスタートする、とか。
空間ですね。
ひとつの限定された空間の奥行きを身体を媒介に、どのような表情に引導していくかってことにつきます。

amplified at YACM
建築家、とのコラボレーションが増えてきましたよね?
舞台美術家と建築家の空間構成の違うところってありますか?仕事の進め方とかアイディアの出し方とか。
当たり前ですが、「すぐ壊すもの」と「恒久的に残るもの」に関わる大きな制作方法論の違い。ねじ一本の選び方から違うと思う。

それと、千差万別でしょうが、虚構を効果的に演出するための'象徴’をつくる舞台美術家に対して、コンセプトを構造化して'場所'を組み立てる建築家という感じでしょうか。
建築家のつくったインスタレーションの場合、パフォーマンス側が、つくった構造を時間軸に沿って変化させてく役割をしないとただの「アートパフォーマンス」になりがちなので、気をつけないと(笑)。

建築家は、概して、時間軸の抑揚とか、いわゆるライブ表現の起承転結的な考え方をしないので(笑)。
舞台美術家は、その骨子の展開力に関しては得意だと思う。 いずれの場合も、大事なのは、互いの特質だけを融解して”ライブ表現!”に持って行く事だと思う。

amplified at YACM
以前DMJのイベントで演出・出演してもらった「ampilified」では、身体や空間の増幅、ということがタイトルからも感じられました。サルヴァニラのデジタルさ、というのが、ヴァーチャルなデジタルではなくてむしろ真空管アンプのような、デジタルというより、電流とか電圧のようなパワーを感じます。
そのあたりはやっぱり意識して作るんですか?
今でも、ICよりもテスラーコイルのほうが強いと思ってるふしがあるし、機械の構造も、シンプルなほうが、人を惹き付けると思ってるので。
バイクのエンジン部分とかって、部品の場所とか役割とか、わかりやすいほうが愛着もってメンテしようって気持ちになってくるじゃないすか。そうすると、わかってるから、いい部分の性能アップもしやすいっていうか。故障した部分もわかるし。

デジタルって結局、おもちゃの感覚で。能力をどっかに連れてってくれるツール。
馬からバイクになって、バイクが車になって、こんな速い世界もあるんだーみたいなのって好きで。それが、クリッククリックとかだと萎えてきちゃうっていうか。
答えになってるかわかりませんが、筋肉より速い感覚とか、そういう部分で電圧とか電流とか好きですよ。

今興味のあるものってなんですか?どんなアーティストに興味あります?
人。とにかくいろんな人。「人ノ像」って作品つくってる最中だからかもしれませんが、環境によって性質を変えられ、いかようにでも変化してしまえたり、ささいな事でダメになってしまえる、はらはらドキドキの人の内面の奥行き。

そういえば、今クリストってどうしてるのかな?ってふと思ったりしました。
あのプロジェクト感覚は、頭で構成して、ギャラリーでハイどうぞってわけにはいかないし、いろんな方面のオーガナイズ力と気合いが必要なわけじゃないですか。ああいう、機をてらうわけでなく、行動力とぶっとんだ規模と指向性をもったアーティスト好きかもです。
映画監督のA・ホドロフスキーとか、E・クストリッツァなんかもエネルギー凄いし想定外の感覚ですよ。
 
8/6 インタビュー