各々が、物語に奉仕する  京都・永運院リハーサルの後、アジールについて。 2011年初演の会場でもある永運院でのリハーサルを終え、 これまでのアジールを振り返りながら、新しいアジールについて語る。  2017.7.4 京都にて


スクリーンショット 2017-10-23 14.35.26.jpg 樫村千佳(アジール東京公演・制作)
20170324_150736957.jpg 飯名尚人(作・演出・映像・音響・照明・美術)


京都・三条河原と瑞泉寺

文・樫村千佳(アジール東京公演・制作)
写真・飯名尚人

22282015_1579526508734933_7031564744583691635_n.jpg

この写真の男、中西レモン。今回ASYLに初登場する。
中西レモンが「駒姫の悲劇」について語る。

「駒姫の悲劇」とは…
 悲劇の時は文禄四年(1586年)8月2日、場所は鴨川・三条河原(今で言うスターバックスがある三条大橋のところ)事件が起きます。

スクリーンショット 2017-10-23 14.39.51.jpg

 京都から遠く離れた山形に「すごい美女がいる」と噂になる。それが駒姫。その頃、歳は13〜14歳。その噂を聞いた豊臣秀次は「15になったら側室に寄越せ」と駒姫の父最上義光に何度も迫り、父義光も渋々承諾。
 そのころ、豊臣秀吉に待望の男児(後の豊臣秀頼)が誕生し、我が子かわいくてしかたない。当然、自身の政権を継承させたく、その後継ぎを脅かす者は生かしておけぬと狂い、文禄四年7月15日、秀次は豊臣秀吉の命により高野山で切腹させられた。この時、15になった駒姫は遥々山形から嫁ぐため、京都に上京したばかり。夫なるはずだった秀次と駒姫は顔も合わることもなく、秀次切腹という事件が起こる。そして秀吉は、何人もいた秀次の側室達も我が子秀頼の反勢力になるのではないかと怖れ、秀次の側室や子供など皆、首切り処刑を決める。そんな駒姫も秀次側室処刑リストに名があがる。文禄四年(1586年)8月2日、駒姫含む秀次側室の公開首切り処刑が三条河原町で行われた。…これが「駒姫の悲劇」の事件である。

 一説ではこの時、駒姫の父義光は「娘駒姫は嫁ぎ前。見逃してくれ」と各方面に嘆願に走り、それが秀吉の耳にも入り、秀吉もそれはあまりにも不憫だということで、『駒姫は鎌倉へ送り尼にせよ』と駒姫を除外するよう命じたが、その伝達が間に合わず、誰も望まぬ駒姫首切り処刑になってしまったという説もあるようだ。秀吉にそんなお情けがあったかどうかは定かで無いらしい。美人だったばかりに15で生涯を強制終了させられてしまった駒姫。逃げることはできなかった。もし、逃げることができていたら、、、

 と、こんなに解説してしまったら面白くないのでは?とお思いになるかもしれないが、そうでもない。中西レモンの「噺」は面白いのです。

 京都三条大橋のたもとにひっそりと佇むお寺「瑞泉寺」に豊臣秀次とその一族(処刑された側室や子ども等)の墓がある。三条通りから南に下ってすぐの場所、ビルに囲まれた小さなお寺です。

瑞泉寺 http://zuisenji-temple.net

スクリーンショット 2017-10-23 14.41.58.jpg

京都にお立ち寄りの際には、瑞泉寺を訪れて、三条河原町のスタバで、鴨川を眺めながらコーヒーを。

スクリーンショット 2017-10-23 14.41.27.jpg